今日は八千代南保育園児の芋ほりがありました。
ここの芋ほりは近所のおじいちゃん・おばあちゃんと一緒に掘るのです。
サツマイモがどんな風に大きくなっていくのか、そして地域住民の方の交流も兼ねてみんなで掘りまくり、
写真のバックに写っているのが今日の収穫です。
芋ほりもそうですがここの保育園では園長先生(写真のおばあちゃん先生)をはじめ
保育士さんが子供達に色々な経験をさせてやりたいと和太鼓やマーチング、お作法や、
数百個の木製積み木で巨大オブジェ製作などまだまだココに書き込めんくらい色々なことを
子供達にさせてくれてんよ。。そのためにわざわざ広島市から安芸高田の保育園に行かせとるんよ。
その中でも食育にはかなり力を入れられて取り組まれており、給食の時間はキチンとした配膳で
正しく食べるよう指導しちゃったり、大豆を育てて収穫してその大豆でおかずを近所の方々と作って
食べるということをしとってんです。
最近の日本人は食べることが疎かになっとると思わん?よく生きてくたとえで「食べていくのがやっと」
「食うには困らない」とかゆうよねぇ。衣食住どれも大事じゃけどとにかく食べんと生きながらえられんはずなのに
今では「住んでいくのがやっと」「着るものには困らない」の人が多いと思う。
外食やインスタント食品、惣菜を買ってそれを皿の上にそのままなど家庭の味がなくなってきてるような気がする。
たしかにたいぎぃときもあるしあえてそれを食べたいときもある。ほいじゃがそれがほぼ毎日でも平気となると
他の命を頂いて自分が生きながらえるという事、美味しく食べられるという感謝の気持ちがそんなんで思えるじゃろうか?
我が家は毎月ギリギリの生活をしている。ハルメザンのコメに書いたように自分がだんだん茂子になっていくような気がする。
私の座右の銘、「笑って暮らすのも泣いて暮らすのも1日」貧乏に泣いとってもしょうがない、金がないのならないなりに頭を使うんよ。
おすそ分けの野菜を使っていかにメインをボリュームアップするか、同じ食材でどんだけバリエーションを増やし
同じものを食べているように思えないようにするか(バレないか)ものすごい脳みそ使いよるような気がする。
色々工夫して「美味しかった」といわれるとオッシャー(゜∀゜)/おすそ分けサンピュー!!と思う。
ほいで「これは○○のオバちゃんがくれた野菜なんよ。美味しかったじゃろ?ありがたいね~」と子供に教えるようにしとるんよ。
果物などの頂き物はすぐに仏壇にお供え、(すぐに下げたがるのは食いしん坊の娘2号)食べられることの
感謝を忘れないようにね(^^)お陰で無農薬おすそ分け野菜で育った体はすくすくと成長しております、子供達は縦に旦那君は横に・・・
こんな母親の気持ちを受け止めていずれ家庭を持ったときそのことを思い出して欲しいなと思いながら今日もセッセと
おすそ分けでボリュームアップ・・・いやアイデア料理に精をだすのであった。
(文:写真 たぶたぶ)